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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)2657号 判決

控訴人 大同建設工業株式会社 (旧商号)株式会社石川工務店

被控訴人 本田昇

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決及び本件手形判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は、次に附加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人の抗弁

原判決請求原因記載の手形(以下本件手形という)がいわゆる見せ手形ではないとしても、控訴人から被控訴人に対する本件手形の裏書は原因関係を欠くから、控訴人はその支払義務を負わない。すなわち、本件手形裏書の原因関係は、星名建設株式会社(以下星名建設という)が昭和四七年四月ころ被控訴人から金三五〇万円の金員(以下本件貸金という)を借り受けた債務について控訴人が保証したものであるが、被控訴人は星名建設の取締役であるから、商法二六五条により、本件貸金契約につき星名建設の取締役会の承認を要するところ、その承認をえていないから、本件貸金契約は無効であり、したがつて、控訴人のした保証も無効で、本件手形裏書の原因関係が存在しない。

二  被控訴人の答弁

控訴人主張の原因関係欠缺の抗弁事実を争う。星名建設は、代表者である保科春雄(以下保科という)が株式を独占し、取締役中村喜一は本件貸金契約当時すでに死亡し、従業員狩野久は株式をもたない工事担当者、被控訴人は株式をもたない営業担当者であるが、形式上それぞれ取締役となつていたのにすぎない。のみならず、星名建設においては、その設立以後現在まで株主総会、取締役会も全く開かれておらず、保科が必要に応じ各担当者と協議の上事業を執行しており、誰もその方法に異議を述べるものはなかつた。本件貸金契約は取締役である保科と被控訴人が関与してしたものであり、他の一人の取締役狩野は保科の行為をすべて容認していたのであるから、本件貸金契約については商法二六五条の違反はなく、右契約は有効である。したがつてまた、本件貸金の保証も有効で、本件手形裏書の原因関係が存在する。

理由

一  被控訴人主張の請求原因事実については、当事者間に争いがない。

二  見せ手形の主張について

控訴人は、本件手形の裏書は、本件貸金を実際に出損した第三者に見せて安心させるためにしたもので、手形金支払義務を負わない旨の合意のもとにしたいわゆる見せ手形であるという。

右主張に沿う原審における控訴人代表者尋問の結果は、被控訴人から控訴人に宛てた昭和四七年七月三一日付誓約書(乙第一号証)に、本件手形の満期に弁済期の延期につき話合う旨記載され、したがつて、すくなくとも当時、両者は、本件手形金支払義務のあること自体については見解を一にしていたことが窺われること並びに原審における被控訴人本人尋問の結果と対比すると、にわかに信用することができない。他に、右主張事実を認められる的確な証拠はない。かえつて、各成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし第三号証、当審における証人保科春雄の証言から成立が認められる甲第二号証、原審における証人阿左美子之助、当審における証人保科春雄の各証言、原審における被控訴人本人尋問の結果、同控訴人代表者尋問の結果(但し、後記認定(3) に反する部分を除く。)を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  控訴人代表者石川元治(以下石川という)は星名建設代表者保科の友人で、建設業を営む星名建設は同業の控訴人から建設工事の下請負をする事業関係を二〇年以上にわたり継続し、星名建設が経営不振となつた昭和四七年四月ころ控訴人は星名建設に対し約金四、〇〇〇万円以上の債権を有していたので、石川が星名建設の再建に協力し、右債権の弁済を得ることとした。そのため、控訴人は星名建設に対し下請負させる仕事を多くし、他方その材料代金等の債権は一時的に弁済を猶予するという方法により毎月金一、五〇〇万円程度の援助をするとともに、星名建設の代理人として他の債権者と債務の整理につき交渉し、また、必要な場合はその債権者に対し債務の保証をしていた。控訴人が右のようにして星名建設のためその債権者に対し保証した債務は、星名建設が後に営業を停止するにいたつた時点で約金九、〇〇〇万円に達した。

(2)  星名建設の営業担当取締役の被控訴人は、星名建設の代表者保科から金融の依頼を受け、同年四月ころ星名建設の監査役阿左美に対し、星名建設振出の金額三五〇万円の約束手形(以下旧手形という)を示し、星名建設の事業資金にするため旧手形を割引くことを依頼した。阿左美は右手形割引によらないで、阿左美個人がそのころ農業を営む木村敏治から金三五〇万円を借り受け、星名建設の運営資金にあてられることを了知しながらも、同会社よりむしろ被控訴人の信用を重んじて、被控訴人個人に対し、借用証書によつてこれを貸与した。被控訴人は右のように金策した金三五〇万円をそのころ星名建設に阿左美からの借受における利息と同じ利息で貸与した(本件貸金)。

(3)  ところで、石川が星名建設の事業再建に協力するようになつて事業不振の原因を調べたところ、星名建設に対する被控訴人の貸金債権約一、九八〇万円及び阿左美の貸金債権約金三、二〇〇万円がいずれも月八分の高利で、毎月その利息、損害金の支払をしていたことにも、その原因があることが判明した。そこで、右石川は同年六月二七日被控訴人及び阿左美を控訴会社事務所に呼び、「被控訴人、阿左美がそれぞれ星名建設の役員でありながら右のような高利の利息損害金を取るのはいけない。再建のためには、各債務の支払を一年間猶予し、その間の利息、損害金は免除して欲しい。」旨申し込み、これに対して被控訴人は、控訴人が右星名建設の債務の弁済につき責任を負うことを求め、このことに関してその後三、四回両者間で交渉がされた結果、同年七月三一日にいたり、結局被控訴人が右石川の申込を承諾し、その見返りとして、控訴人が本件貸金を含む被控訴人の前記債権を保証することとなつた。その際、被控訴人は、これより先同月二五日星名建設から本件貸金の支払のため本件手形の振出を受けていたので(その際、旧手形は星名建設に返還した)、右保証債務の支払のため、控訴人に対し本件手形に裏書することを求めた。これに対し、控訴人は、本件手形の満期が昭和四八年五月三一日で一年の支払猶予期間内であつたところから、その弁済期については満期の時点で再度協議して、その時の経営状況に応じ何か月か(約二か月を予定)先に弁済期を延期する旨の誓約書の作成交付を求め、被控訴人がこれを応諾して右誓約書(乙第一号証)を作成交付したので、控訴人は右昭和四七年七月三一日本件貸金を保証する趣旨で、本件手形に裏書の上これを被控訴人に譲渡した。

以上のとおり認定することができる。

右認定事実によると、控訴人は星名建設に対し、本件貸金債務につき保証し、これを原因として本件手形の裏書をし、本件貸金債権者である被控訴人に譲渡する形式をとつたものである。したがつて、見せ手形として裏書譲渡したものではなく、この点に関する控訴人の主張は失当である。

三  原因関係欠缺の主張について

控訴人は、本件手形裏書は、基本債務である本件貸金契約が商法二六五条に違反し無効であるから、その保証も無効で、原因関係を欠くという。

前掲甲第二号証、乙第二号証、原審における証人阿左美子之助、当審における証人保科春雄の各証言、原審における被控訴人本人及び控訴人代表者各尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。

星名建設は保科の個人企業であつた建設業保科組を株式会社組織に改めたものであり、昭和四七年当時において従業員六名を擁するにすぎない小規模な会社であつた。同会社においては、昭和四四年一〇月一一日に、保科、被控訴人、中村喜一及び狩野久が取締役、保科が代表取締役、阿左美が監査役にそれぞれ就任したが、右取締役及び監査役の任期満了後も新たな取締役、監査役の選任もなく、中村喜一が昭和四五、六年ころ死亡したが、その補充もないまま推移してきた。星名建設の株式は実質上その全部を保科が保有しており、会社設立後株主総会が開催されたことはまつたくなかつた。会社の業務執行も、被控訴人が営業関係、狩野が技術関係をそれぞれ分業していたが、それらを含めて経営の全般を保科が総括し、取締役会等も改めてこれを開くということはなく、事業運営に関する重要事項については、必要に応じて、保科が他の取締役と話し合い、その了解を得るという程度で、実際上は保科の専決にひとしい形で決定、実行されるという実態であつた。特に狩野は技術関係が専門であつたため、会社の資金繰り等については全く保科に一任していた。

このように認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定のような星名建設における運営の実態及び同会社は実質上保科が全株式を保有する一人会社であることに照らし、かつまた、本件貸金がさきに認定したような状況の下で行われ、形式的には被控訴人の星名建設に対するそれではあつても、その実質は第三者から被控訴人を通じて被控訴人の信用と責任において貸し付けられたというにひとしいものであることを考慮するときは、たとえ本件貸金契約締結に際して、形式上その承諾についての取締役会の提案、決議が行われなかつたとしても、これをもつて商法二六五条に違反する無効のものとすることは相当でないというべきである。それ故、控訴人の本件保証も有効であり、本件手形裏書は正当な原因関係があるということができる。この点についての控訴人の主張も失当である。

四  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容すべきところ、これと同趣旨の原判決は相当で、控訴人の本件控訴は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

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